にわとり夢日記
『本日は急遽監督に貴重なお時間をいただいてインタビューをさせていただきます。ありがとうございます。』
「こちらこそ。いつも見てくれてありがとう。」
『全世界で人気の長寿番組、トゥルーバードショーのヒットの秘訣はずばりなんでしょうか』
「我々は島のセットに無数の監視カメラを設置し、いかなる時も彼を追い続けてきた。」
「このモニター室では彼の人生の全てが映されている。彼が寝ている間はCMを流し、起きている間は彼にスポンサー商品を使ってもらうことで番組は成り立っている。
台本通りのドラマではなく、彼の人生そのものが人々の興味を惹きつけたと思っているよ。」
『なるほど…本日は視聴者とお電話が繋がっております。ではお願いします!』
「……」
『……もしもし?』
「監督。あなたのやっていることは人道に外れているわ。彼の人生をめちゃくちゃにして、それで面白ければいいと思っているの?!」
『おっと……え〜、少し音声が乱れたようです…
監督、繋ぎ直しますのでお待ち…』
「いや、そのままでいい。その声からすると君は彼に手紙を渡したヴァネッサだろう。」
「君のように番組に出演したいがために彼の壁を壊そうとしてきた人はたくさんいた。」
「でも、彼はこの世界で生き続けてきたんだ。知らない方が幸せだとは思わないかね。」
「いいえ。絶対におかしいわ。彼の人生は彼のものでしょう。」
「………」
「おや、そうこう言っているうちに彼が動いたようだ。」
「そうよ!!自分で道を開いて!!そのまま島を出るのよ!!!」
「ああ、これが本物の海。
潮の匂いがする。」
「この船に乗って、やっと、やっとオイラの人生が始まるんだコケ……………!」
「ああ、岸が見えた。オイラの、オイラの………………」
『お疲れ様でした〜〜〜!!』
「いやいや、みんな本当によくやった。」
「本当にこの作品を撮り続けることができてよかったよ。ありがとう。」
「特にヴァネッサ、君の演技はとても良かった。
彼だけでなく視聴者もすっかり騙されたことだろうね。」
『いえ、そんな…』
『監督、3歩で覚える簡単イングリッシュの売り上げが良かったらしくスポンサーが追加資金をくれるそうですよ!さっそく続編の撮影ですね。
彼はまたしてもセットの中にいることに気付いていないんだから。』
「ああ、そうだな。彼は二重になったセットのもう一つに出ただけ。にわとりと視聴者はまだ気づいていない。今頃番組表を見てチャンネルを変えるのに必死だろう。」
「そもそも彼の物語はまだ始まっていない。
我々の人生自体も夢のようなものだ。」
「例えば、私たち自身も夢の中にいることに気がついていないだけかもしれない。」
「彼は気づくかな?」
にわとり壁日記
そうだ、手紙だ………!
英語の手紙をもらって、読めないからそのまま忘れてたんだコケ。
どうしてもあれだけは読まないといけない気がするんだコケ。
先生のところに戻ってきたんだコケ。
就寝時間の間に、先生にバレないように勉強するんだコケ。
大丈夫。オイラはすぐにいろんなことを忘れてしまうけど、続けていることは絶対に忘れないんだコケ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ふむふむ、アルファベットが読めるようになったんだコケ。
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なるほど、名詞と動詞があるんだコケね。
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よし、読み方はもうわかったんだコケ。
あとは単語の意味を調べるだけだコケ。
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全ての人は…
あなたを知っている!?
全ての人はあなたを知っている。
全ての人はあなたのする全てのことを知っている。
全てのものはあなたのために作られた。
海と空、全てのものが舞台。
そ、そんなこと信じられないんだコケ…。
でも、手紙をくれたあの子は、嘘をつきそうな人じゃなかったんだコケ…。
もしかして、空だと思ってたのは、壁だったんだコケ………?
!!!!!!!!
か、壁が…………
壁が剥がれたんだコケ………………!!!
もしかして、もしかして、オイラの生きてきた世界は…………………
「気づいたようだ………」
「切れ!!!!」
「全てのカメラを切るんだ!!!!!!!」
にわとり星日記
もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。
にわとりはかすかな照りと、つめたいほしあかりの中をとびめぐりました。
それからもう一ぺん飛びめぐりました。そして思い切って西のそらのあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん。西の青じろいお星さん。どうかオイラをあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。」
オリオンは勇ましい歌をつづけながらにわとりなどはてんで相手にしませんでした。
にわとりは泣きそうになって、よろよろと落ちて、それからやっとふみとまって、もう一ぺんとびめぐりました。それから、南の大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん。南の青いお星さん。どうかオイラをあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
大犬は青や紫むらさきや黄やうつくしくせわしくまたたきながら云いました。
「馬鹿を云うな。おまえなんか一体どんなものだい。たかが鶏じゃないか。おまえのはねでここまで来るには、億年兆年億兆年だ。」そしてまた別の方を向きました。
にわとりはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又二へん飛びめぐりました。それから又思い切って北の大熊星の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「北の青いお星さま、あなたの所へどうか私を連れてって下さい。」
大熊星はしずかに云いました。
「余計なことを考えるものではない。少し頭をひやして来なさい。そう云うときは、氷山の浮いている海の中へ飛び込こむか、近くに海がなかったら、氷をうかべたコップの水の中へ飛び込むのが一等だ。」
にわとりはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。そしてもう一度、東から今のぼった天の川の向う岸の鷲の星に叫びました。
「東の白いお星さま、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
鷲は大風に云いました。
「いいや、とてもとても、話にも何にもならん。星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。」
にわとりはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、にわとりは俄にのろしのようにそらへとびあがりました。
そらのなかほどへ来て、にわとりはまるで鷲が熊を襲おそうときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうにほしぞらを見あげました。
にわとりは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。にわとりはのぼってのぼって行きました。
それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのようです。
寒さや霜がまるで剣のようににわとりを刺しました。にわとりははねがすっかりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。
そうです。これがにわとりの最後でした。
もうにわとりは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居おりました。
オイラは、鳥…
いいや、そうじゃない。
オイラは、飛べない鳥……にわとりなんだ。
オイラは……にわとり………
夢…………?
長い夢を見ていた気がするコケ。
ああ、ハムちゃんたちを埋めて、疲れてそのまま眠ってしまったんだコケ。
早く先生のところに帰らないと。
ああ、借金の督促状と前の職場からの引き継ぎの書類が溜まっている。
やっぱりオイラはもう、生きていても仕方がない。
でも、何か大事なことをまだ忘れているような………
手紙……………?
にわとり雨日記
先生のところに来てから1年が経ったんだコケ。
今日は先生の許可をもらって、家に帰って片付けをしてきてもいい日なんだコケ!
1年ぶりに帰るから、ゴキブリが出てないといいコケね…
!!!!!!!!!!
ハ、ハムちゃんが……………
ハムちゃんたちが…………
動いて……ない……………………………
ハムちゃんが……………………
なんで、なんでこんなに大事なことを忘れてたんだコケ……………
なんで…………………………!!
オイラのせいで、ハムちゃんたちが……………………
ハムちゃんたち、こんなに大事だった、ハムちゃんたち……
お地蔵様の近くに埋めるんだコケ…
ハムちゃん……………………………!
全部、全部オイラのせいなんだコケ!!
せめてもの供養なんだコケ。
オイラは、大切なことも覚えられなくて、そのせいで………………
忘れないように、ここに木の苗を植えるんだコケ。
安らかに眠ってほしいんだコケ…
オイラは、オイラは、自分のことばっかり考えて、何も覚えることができなくて、ただ他のものの命を奪って………
オイラは…もう………
ああ、ハムちゃんや、たくさんの生き物が、毎晩僕に殺される。それがこんなにつらいのだ。
ああ、つらい、つらい。僕はもう何もたべないで餓えて死のう。
いや、その前に、遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。
遠くの空に………
にわとり忘却日記
今日はコミュニティーデーっていう日なんだコケ!
いつもは先生のお屋敷の中で修行してるけど、今日はお庭に出て外から来るいろんな人と喋る日なんだコケ。
本の良さを広めるために、いっぱいおしゃべりするんだコケ!
たくさん来てくれるといいんだコケ。
あっ!早速誰か来たんだコケ。
いらっしゃいだコケ〜!
ポスターを見て来てくれた人だコケ?
「いい、時間がないから手短に聞いてちょうだい」
も、もしかして自分のこと知ってるんだコケ?
でも、誰だかわからないんだコケ…。
「ああ、そうだった、鳥頭だから仕方ないわね…」
「アタシはヴァネッサ。ほら、あんたがいつも来るカフェの店員よ。」
ん…?
あ〜、いたような、いなかったような…。
「とにかく時間がないの。あいつらが見てないうちにこれを渡すわ。
あとは自分で読んでちょうだい。私が来たことは内緒にして。」
あっ、あっという間に行っちゃったんだコケ…。
先生たちも誰も気付いてないんだコケ。
英語で文字が書いてあるメモと、参考書…?
こんなものなんでくれたんだコケ?
「3歩で覚える簡単イングリッシュ」だコケか…
多分これで勉強したらメモが読めるようになるんだコケ。
就寝時間にこっそり勉強するんだコケ。
まあでも、今日じゃなくてもいいコケね!
明日から勉強するんだコケ。
それにしても、不思議な人だったんだコケ…
にわとり幸せ日記
修業にも慣れて、本もすらすら読めるようになったんだコケ!
ここに来る前は朝から夜まで毎日仕事ばっかりだったけど、なんだかやっと自分らしくなれた気がするんだコケ。
寝る時間は決まってるけど、仕事があった時よりも早く眠れるから嬉しいんだコケ!
食事も一日2回、缶詰のお豆が出るんだコケ。
自分で料理しなくていいから楽だコケ。
修行がうまくできないと、先生にビリビリのやつを流されるんだコケ。
でも、仕事をしてた時は、電気のつかない暗い地下で作業するから毎日ダンボールカッターで怪我してたんだコケ。
それに比べたらぜんぜん痛くないんだコケ。
テレビもスマホもないけれど、そんなもの必要なかったことに気づいたんだコケ。
ああ、幸せなんだコケ。