にわとり星日記
もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。
にわとりはかすかな照りと、つめたいほしあかりの中をとびめぐりました。
それからもう一ぺん飛びめぐりました。そして思い切って西のそらのあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん。西の青じろいお星さん。どうかオイラをあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。」
オリオンは勇ましい歌をつづけながらにわとりなどはてんで相手にしませんでした。
にわとりは泣きそうになって、よろよろと落ちて、それからやっとふみとまって、もう一ぺんとびめぐりました。それから、南の大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん。南の青いお星さん。どうかオイラをあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
大犬は青や紫むらさきや黄やうつくしくせわしくまたたきながら云いました。
「馬鹿を云うな。おまえなんか一体どんなものだい。たかが鶏じゃないか。おまえのはねでここまで来るには、億年兆年億兆年だ。」そしてまた別の方を向きました。
にわとりはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又二へん飛びめぐりました。それから又思い切って北の大熊星の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「北の青いお星さま、あなたの所へどうか私を連れてって下さい。」
大熊星はしずかに云いました。
「余計なことを考えるものではない。少し頭をひやして来なさい。そう云うときは、氷山の浮いている海の中へ飛び込こむか、近くに海がなかったら、氷をうかべたコップの水の中へ飛び込むのが一等だ。」
にわとりはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。そしてもう一度、東から今のぼった天の川の向う岸の鷲の星に叫びました。
「東の白いお星さま、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
鷲は大風に云いました。
「いいや、とてもとても、話にも何にもならん。星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。」
にわとりはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、にわとりは俄にのろしのようにそらへとびあがりました。
そらのなかほどへ来て、にわとりはまるで鷲が熊を襲おそうときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうにほしぞらを見あげました。
にわとりは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。にわとりはのぼってのぼって行きました。
それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのようです。
寒さや霜がまるで剣のようににわとりを刺しました。にわとりははねがすっかりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。
そうです。これがにわとりの最後でした。
もうにわとりは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居おりました。
オイラは、鳥…
いいや、そうじゃない。
オイラは、飛べない鳥……にわとりなんだ。
オイラは……にわとり………
夢…………?
長い夢を見ていた気がするコケ。
ああ、ハムちゃんたちを埋めて、疲れてそのまま眠ってしまったんだコケ。
早く先生のところに帰らないと。
ああ、借金の督促状と前の職場からの引き継ぎの書類が溜まっている。
やっぱりオイラはもう、生きていても仕方がない。
でも、何か大事なことをまだ忘れているような………
手紙……………?